Thursday, May 20, 2010
マイムとパントマイムの違い
マイム
Monday, November 23, 2009
豊島重之氏の『マウストmouthed』公演
Saturday, October 31, 2009
かもめマシーン(12)
3)萩原氏の「かもめマシーン」
チェーホフの『かもめ』とハイナーミュラーの『ハムレットマシーン』との繋がりは、だいたい推測できたと思います。
が、果たしてそのような結びつきを考えた上で、萩原氏が「かもめマシーン」を自分の劇団名としたかどうか分かりません。
しかし、彼が上演した『家族』を観た限りでは、テキストを大切にしていると同時に、それを再現するにあたって、ハイナー・ミュラーやロバート・ウィルソンなどの手法を頭のどこかに置いていたように思われます。
ステージに配置する役者の幾何学的構図
舞台ぜんたいの方角的な使い方
断片化したセリフのやり取り
会話の論理的な進展と、突然の頓挫
沈黙の場の息使い
薄明の中に浮かぶ赤いランプの光
精神病者の言葉にならない声
ラジカセから聞こえる外部の音楽
『家族』は家庭劇ではあるが、家族間の交流は閉ざされていて、外界は空間的には遮断されているのに家族に死刑犯が生じたために、外界からの空気の圧力が強く、家族全員が死に隣接したいのちの淵に立たされている。
そのあたりがチェーホフの『かもめ』とハイナー・ミュラーの『ハムレットマシーン]がのぞく世界と共通したものがあるような気がします。
演劇は“実”から“虚”の世界へ踏み込むことですが、その踏み込む跳躍のエネルギーが演劇の歴史の上の世代によってそれぞれ違う。
1997年以降に演劇の世界に入った人たちは、それを軽やかに飛び越えているように見える。
それは虚の世界と実の世界が平面化したコンピュータ世代の特徴かとも思うが、サブカルチャーの動きのせいもあって、日本の風土がじかに身に付いて、芸術の「形式」において底辺から変革が行なわれつつあるような気がします。
最後に、前にも触れましたが、「集団」のつくり方が求められる時代になってきたように思います。それは、芝居づくりをする時の集団の力の配分と言ってもいいでしょう。演出についても、すでに独裁的な演出家の時代ではないような気がする。
もし天才的な演出家がいたとしても、一人の才能では間に合わないものが今は演劇に対して求められてきている。それは脚本、美術、映像、音楽のそれぞれが芝居の中心的な部分に入って来ることが要求されており、各部門がこれまでのような一人の演出家のスタッフとして協力すれば済む段階を越えてしまっている。
これまでの劇団づくりとスタッフへの依頼の時代から、緩やかな集団づくりと同時に、関連する学問、芸術分野の研究体制をこそ考慮すべき時代となったような気がします。
かもめマシーン(11)
Thursday, October 29, 2009
かもめマシーン(10)
Wednesday, October 28, 2009
かもめマシーン(9)
Tuesday, September 08, 2009
かもめマシーン(8)
Tuesday, August 18, 2009
かもめマシーン(7)
Monday, August 17, 2009
かもめマシーン(6)
Friday, August 14, 2009
かもめマシーン(5)
Wednesday, August 12, 2009
かもめマシーン(4)
肉体的により緊密な固まりとして約束された家族という結合体を中心に演じられる芝居だからのでしょう。
この劇をつくる発端は作家、萩原慶太の死刑制度です。
この作家によってあらためて呼び起こされた“生と死への感触”に向って、俳優たちがそれぞれの役を担ったのでしょうか。
だが、この芝居の特徴はそれを表現する身体と言語による表層的な技術にあったようです。そのテーマを観念的なセリフでやりとりでするのでなく、語句または演技を諸制約によって配置し、オブジェ化し、線とフォルムを簡潔にすると同時に、始めてそこに現れたようにしている。
そのことによって、表面的に描かれる一方、その表に現れた意味性を越えて、深層の心理構造を垣間見せてくれるのです。
これこそが、20世紀の初め以来、あらゆる芸術が試みてきた芸術形式なるもので、その本質を突いているように思われます。
しかし、形式と言っても、それはパサージュや色彩や、灰色の効果または空間構造、ことばと演技による描写、かたちと光と影による交錯のあとに、今は“物への触覚的な探索”が中心となってきたのではないでしょうか。
それには、始まりとしての“もの”。つまりオブジェの問題があり、それを描く“はじめての線”、無意識から引きだされる“はじめての意識化(アウェアネス 気付きの心)”、それに本質的なヴァルールとしての<濃淡や明暗の度合い>が重要な要素となるのでしょう。
この芝居の室内に置かれた“赤い花”が、重要な場面転換で、その濃淡と明暗の度合いを微妙に変化させてゆく演出効果は、そのことをシンボリックに表出していました。
かもめマシーン(3)
無意識ということ、潜在するもの。あわよくば意識化されて表面に浮かび立とうとするもの。
全てが、すべての実体がなぜか目の前から遠く去ってゆく。そして、そこにあいまいに動いて残されているもの。かたちを構築しようと、方向をねらっているもの。それが残された生命の“意”というものか。
遠近法を越えて、直ぐ目の前の中央のソファに、沈黙だけを演じる役の人物を放り出し、それがこのドラマを一貫するオブジェ化のシンボルとなっているのだが。あとは、それを後方に取り巻く幾何学的な構図の上に登場人物が位置することになる。細密化する意識の場の緊張から、分子構造がそのまま方位的な力学として投射されているように見える。
一つの鍵になることば。モ ド ヴァルール(Mot de valeur 価値のある言葉、実質のある言葉)。たとえば、この芝居では被害者の屍体が埋められてあった場所の“観覧車”ということば。また、家族の一員である被告人を指す代名詞。
それらのことばが、曖昧にゆれては消えてゆく事象の中で、突然ふっと浮き立つと、内側から湧き起こった意念が、急激にそれにしがみ付いてゆく。
それは立体派のブラックやピカソが辿った道をとっているのではない。すべてが細密化して見える感覚の底に、分子構造のゆれが、こころの奥に見え隠れしているからなのだをろう。そのコンポジションは台本のモチーフから、しぜんと作られたものだろう。
この芝居の俳優たちは、すべて“演劇ごっこ”をしていない。じぶんの体の内部を観察しながら、観せるためでなく、自らに演じている。これが上に述べたような演出効果のたしかな支えとなっている。
かもめマシーン(2)
そのシンボルとして、芝居の初めから終りまで一言も語らず、居間として設定されたステージにしばしば登場しては、その中心にある陥没したソファにからだを沈めては黙り込むだけの人物の役が置かれていたのだろう。
芝居は当てもなく何かはっきりした対象、または概念を、というよりいろいろな関係性の中での明確な意味と価値を持つものを捜していた。それがミステリアスな雰囲気を纏っていた理由なのだろう。
この芝居は感情的なドラマを求めているのではない。しかし確実な存在感というより、ぼんやりとしたミステリアスな関係性の中に、命のひらめきが危うく消えかかっているのを感じる。
事物と表象の中間に置かれた身体の、その内側のもつれた感覚から生まれるイメージだけが実感として存在しているのだ。それこそが唯一支えられる触覚的な感性だ、というかのように。
私はここまで書いて、チラシに書かれた筋書きを始めて見る。それは以下の通りである。
その街では3年前に事件が起こった。たしかに、筋書きはそうなのだろう。それを今始めて明確に知る。また配役を見るといくつかの思い違いがあった。それほど表面的な事実というもは不確かなものなのだ。
幼女2人が殺害され、遺体は観覧車の下から見つかった。
未成年の犯人が逮捕されると、マスコミの報道は加熱したが、しばらくすれば人々はその事件を忘れ去った。裁判は進み、どうやら彼には死刑の判決が下るようだ。
家族は70年代に建築されたその街の団地にひっそりと住んでいる。
観覧車はもうそろそろリニューアルオープンされる。
判決が下るまでにはまだ時間がかかるらしい。
絵画が描かれる内容の主題より、色と形とそれらの混合した関係性で作り出されるものだが、それと同じようにこの芝居づくりの本当の狙いは、そのドラマを描く素材、その動きと語りの物質的な関係性のなかに、萩原雄太の創作の真の意図があるのではないかと思う。
私はそれだけをこの芝居の中に捜し求めていたのだ。
私は、ラカンがポーの小説を対象にして精神分析で読解した「盗まれた手紙」のように、この芝居に当たろうとしていたのかもしれない。
かもめマシーン(1)
この作品の話術について語りたいのだが、それには“からだの動き”の分類から話した方がいいようです。マイムの技術用語を使うのでフランス語になりますが、英語で推測される範囲内です。
いわゆる“動き”という概念を大文字のMouvement(ムーヴマン)とすると、以下のように3つの様態に分類されます。
- geste(ジェスト からだの1部分が動くとき)
- attitude(アチチュード からだの内側と外側との関係から体全体でつくる形または型。それは停止の内に過去と未来の動きを含む)
- 小文字のmouvement(ムーヴマン 空間的にA地点からB地点に移動するばあい。歩行、跳躍、飛翔によって)
そのことから推して、私の言い方をすると、“舞踏”はアチチュードのダンスなのです。それは空間の中にからだを素材として動き(mouvement ムーブマン)を描く、それまでのダンスの創作法とは違っています。跳躍して空間的に移動することが無いのです。
私はここで萩原雄太のこの「家族」という作品は、からだの空間の配置もそうであるが、まず話術を主体とする“アチチュードの演劇”を作り出している、と思うのです。
それはどういうことかと言うと、会話の文章がつねに完結せずに、動きのattitudeのような体言止まりで、そうでなければそれに付属されたgesteのような副詞、あるいは接続詞の後はぷつりと切れて、沈黙の時間となる。そして時間的なmouvementといえば、知能の廻らない娘役のセリフ、言葉にならない断絶した音の連続なのです。
孤立した、動きのアチチュードまたはセリフの体言というものは何を指しているのか。それは人間の「立ち位置」、“存在”に焦点を合わせているからなのでしょう。
「かもめマシーン」という劇団名は、チェーホフの作品「かもめ」から取っているそうです。それとマシーンはハイナー・ミュラーの「ハムレットマシーン」から来ているに違いないのですが、そのあたりから迫って行かないと、この作品を解読出来ないのかもしれません。
Tuesday, March 10, 2009
豊島重之(10)
2008年11月9日、於:月島、旭倉庫 TEMPORARY CONTEMPORARYにて所見
ー 第三の眼 ー
港千尋さんが、著書『新編 第三の眼』(せりか書房)を贈って下さいました。
その中に<観察者の自由>というタイトルの章があります。アメリカのプラグマティズム哲学者のチャールズ・サンダーズ・パースの記号学の「三項論理」を出発点にして語っておられるのですが、私も以前からパースのその特異な記号論に興味を抱いていた関係から、氏の論説に惹かれるままに読みすすんで行ったのです。
ところが、私がこの作品批評とも豊島論ともつかぬブログを、延々と10回も続けてきましたが、偶然というのでしょうか、計らずもその「三項論理」と同じことをやっているような気がするのです。
もちろん、パースや港さんが考えているような満足なものではないでしょうが、ただそれと同じような方向に自分が進んで来たということです。
港氏はこの本で次のようにパースのことばを紹介しています。
『二項関係の代表は因果律です。「原因ー結果」という二項の関係がそれですが、この関係を図示しようとすると、それをどんなに続けていっても、二項の線がつながってゆくだけで、一次元の線形を描くことしかできない。パースはこれでは、あまりに制限が厳しすぎると考えた。』
最初、このブログのテーマをこんなに続ける積もりはなかったのです。ただ自然にこうなったのは、こんな遣り方でなくては豊島氏の作品の真意に触れられないような気がしたからなのです。それに、豊島氏個人のことも語らなければと、まるで誘われたかのように氏の内面を推測し、それに加えて自分の演劇観まで述べるまでに至ったのです。
そして方法としては、この豊島氏の演劇形式の中心部に入り込むために、正面から当たらずに、時間的な呼吸の「拡大と縮小」とその「切断」の場に置こうとしました。演繹法と帰納法を相対化させ、その交差する呼吸の脈絡の“間合い”に豊島氏の真意をさぐろうとしたのです。
観察者が対象の演劇作品を批評するという二項でなく、対象の作品、演出の豊島氏、観察者の自分の三項がそれぞれの立場から語り出し、関係し合いながら拡大してゆく、その網の目の合間に透けて見えてくるものがある、という手法です。
先に“交差する呼吸の脈絡の間合い”ということばを使いましたが、豊島氏のこの作品には、人間の呼吸の、呼気と吸気とが自己から離れて、自己と外部との圧力と引力関係に転じ、ゴッホの絵のように外界の空気が化学変化して渦を巻いているような気がしたのです。
そして、豊島氏がこれまでどのような“痕跡”を残してきたかということと同時に、自分自身の“こころ”の経路も反省してみたくなったのです。
『そこで、「原因ー結果」に「観察者」を付け加える。関係は三項になると系は分岐することが可能となる。連続してゆけば、三項関係は次々に分岐して面となり、それによって描かれる論理空間は多次元のネットワークとなる。パースの考える記号とは、このような三項論理である。』
そのように、どこか地球を超えて、宇宙的な波動にまで及ぶような印象を受けたのです。 俳優の心の状態が内蔵と表情に表れ、しかも意識の出発段階の発意の行為として表出され、しかも“光面”の中に露になっていたのです。
そこには現在の地球の環境の問題もありますが、世界政治が近代の末期を迎えているリアリティにまともに当っている印象を受けたのです。場に置かれた俳優の身体がぎりぎりの境界に立っていて、したがってそれを観察する者も、思わず中空の気の律動を胸に感じとる構えとなっていたのでしょう。
私が呼吸から作品をとらえるというのは、その意味からです。
港さんは痕跡を記号として考えると分かり易い、と言います。
「痕跡という現象は、因果律だけで理解できるものではない。なぜなら、その痕跡を観察する第三者の状況に応じて、その意味は変わってくるからである。痕跡を残す主体(原因)とそれが残された表面(結果)、それを観測し解釈する主体(観察者)の三項の関係のなかから生成するのが痕跡という記号なのだ。」
説明する必要はないことでしょうが、このブログのばあい、痕跡を残す主体(原因)は演出家の豊島重之、それが残された表面(結果)はこの舞台作品で、それを観測し解釈する主体(観察者)は私なのです。
三項といえば、禅定のための調身、調息、調心があります。
調身とは、普通には、からだを解いて正規に整えることです。しかし、発生学的に身体を細密に観察するばあいには、内・外・中の三胚葉からそれぞれ内蔵と腺、皮膚と神経、筋肉と骨への個体発生段階を認識することになります。これを記録のゲノムとし、他にDNAと受精卵を加えれば、発生学の三項関係の記号となる、と港さんは言っています。
さらに実践的な修練の方法としては、上・中・下・裏の4丹田の役割を知り、心と精神、霊と神、魂とエネルギーのからだの中での住処を確認することです。
調息とは、まず“数息”して息を整えるだけでなく、上述したように人間の呼吸から宇宙の律動に及び、老荘の思想を通じて量子力学の微細な領域にまで意識が至ることを望みます。
そして調心こそが、この三項の中で第三項の役割を担うものです。なぜなら「肉体よりも、精神が重要」ですから。肉体は「こころと精神」のために、空間と時間の中に道具として置かれ、生命の実感を経ることによってそれを捉えようとしているわけです。
こころは大脳の中にも、内蔵の中にも、からだと言葉の行為の遂行の中にも展開します。しかし、こころを決める指針となるのは“意識”です。“意の”指向性による対象に向っての結び付き、その網の目の繋がりです。
ここでやっと、港氏のいう「第三の眼」の目標に近づいて来ました。港さんは、第三項の神経構造の存在を仮定するアメリカの神経学者アントニオ・R・ダマシオの説を紹介しながら以下のように話をすすめています。
ですが、その科学的知識の仮定の説に加えて、さらに私見として、民族学的、または霊的観点から次のように想定することも、芸術の創造的自由の側では許されると思うのです。
ダマシオと港さんの言う、三項関係の二項の初期感覚の“大脳皮質の感覚分野”と感覚・運動領域の“大脳基底核”に継いで、第三項の集合域として未だ大脳科学において科学的に実証されていないが、“視床”を仮定としてその任に当てるということ。それは「第三の眼」のための、単なる神経生理学的なメカニズムにすぎないものだとしても。また潜在する記憶と、感覚皮質と運動皮質との間で活性化してトポグラフィックな表象としてあらわれ、自己の心のなかにイメージとして生まれるものだとしても。
このように、そのことに関心を持って述べますのは、大串孝二氏が昨年の12 月に彼のライフワークである「ラスコー解読」の展示パフォーマンス<意識の庭>において、私も参加して実験的に試みたテーマなのです。
その時は大串孝二の意図から、視床の内側に「感覚と運動による外部世界」が包まれているというイメージ世界の<意識の庭>の床面へのデザイン設定でした。内と外とが逆転しているイメージ発想なのですが、「第三の眼」という仮想的視点からは在り得ることだと思います。
その時それを演じる私は、“視床”にあたる床面を北斗七星が北極星の周りを巡るようによたよたと歩いたのです。
それにしても、あのデカルトが思考の核として捉えた“松果体”が今では大脳科学分野で“ふるもの”扱いされて、すでに忘れられているということいはどういうことなのでしょうか? “視床”にしても同じでしょうが、なにも無い中間の空間地帯こそが、形而上の思考の“結び”の場になり得るのではないでしょうか。
以上、北極星の周りを巡る、よたよたした北斗の歩みのようなこの筆の進め方は、「第三の眼」を求めて三項関係で逍遥するこのブログの特徴なのです。
「ラスコー解読」の展示パフォーマンス<意識の庭>の写真は
http://www.nona.dti.ne.jp/oik/(及川廣信のホームページ)へ
Friday, March 06, 2009
豊島重之(9)
2008年11月9日、於:月島、旭倉庫 TEMPORARY CONTEMPORARYにて所見
ー光の中に“ill”が潜在するー
公演のあと、会場から少し離れた箇所でパーティが開かれた。20人ほどの集りで、4人のテーブルの一つに誘われるまま、豊島氏の隣りに私が席をとり、豊島氏の前には港千尋氏が、私の前には根本忍氏が坐った。
根本氏はこの公演を3日間、連続で観ており、作曲家であるだけに、全ての場面を数で計算し、メモしていた。演出家の豊島氏としては、それについては無意識でやっていたようで、それを何気なく根本氏にそれを指示されて多少驚いた風だった。
その後、豊島氏は港さんに向って「イリュミナシオン(光)」にはいろいろな意味がありますね」と問いかけた。港氏はそれを受けて考えをめぐらせているようだった。私が傍から「『イリュミナシオン』という詩集がありましたね。ボードレルだったかーーー』というと。港さんが「ランボーですね』と応じてくれた。
ちょっとした、このあたりの会話を糸口に、ブログを先にすすめたい。
先ず「イリュミナシオン(光)」から入って行こう。
その日、家に帰ってランボーの原書を捜したが見当たらない。20歳過ぎた頃に読んだ詩集なので、押し入れの奥に仕舞い込まれたままなのだろう、見つけ出すのが困難だ。
翌日、街に出て岩波文庫のランボオ作『地獄の季節』(小林秀雄訳)と、ちくま文庫の『ランボー全詩集』(宇佐見斉訳)を購入した。『地獄の季節』(小林秀雄訳)の中にも「イリュミナシオン」は「飾画」の訳名で入っている。
私が、今ここでランボーの詩集『イリュミナシオン』の中から宇佐見斉氏の訳で一つの詩を紹介するのは、「illumination(光)」を“慧(ひらめき)”と“創意”のみでなく、その中に“ill”の部分が潜在していることを伺わせる訳になっているからです。
豊島氏は、原初的に「illumination(光)」の中にはマイナス部分の“ill”の部分が含まれていて、同じ「illumination(光)」でも近代になると、イリュミネーションの人工的な光に変じ、「人工的に光る虫/病気で光らない虫=季節を間違った蛍」になる、と述べているのです。
豊島氏の「illuciole(深海の発光体)」=意識の底にある光も、近代末期のグローバリズムの時代となってはもはや人工的な光の、邪気と悪徳を含んだ“ハエ”となってしまっているわけです。
そこで豊島氏の思考の経路は次のようになるでしょう。
イリュシオール=深海の発光体→ 人工的に光る虫→ “ハエ”
イリュミオール=錯誤の、病んだ夜光虫→ 病気で光らない虫=季節を間違った蛍→ “ハエ”のたかる屍体
そのことを前置きにしてランボーの詩、「王権」に入りましょう。
「ある朝のこと、とても穏やかな気性のひとびとが住む国で、惚れ惚れとするような一組の男女が公共の広場で叫んでいた。「みなさん、わたしはこの女(ひと)に王妃になって貰いたいのです!」女は笑い、身を震わせていた。男は朋友に向って、啓示について、すでに終わった試練について語っていた。ふたりは身を寄せ合ってうっとりとしていた。
実際に彼らは王であり王妃だった。深紅の垂れ幕が家々に高く掲げられたその日の午前中と、そしてまた、ふたりが棕櫚の庭園の方へと歩いていった午後のあいだは。」
「とても穏やかな気性のひとびとが住む国で」というのはベルギーで、のこと。そして作中の男女とは、ランボーとヴェルレーヌの2人のことで、1873年7月10日に泥酔したヴェルレーヌがランボーに向って拳銃を発射、左手に傷を負わせてヴェルレーヌは逮捕された事実を、この詩の裏に読み取る人も多い、ということです。
これがランボーの感じた「illumination(光)」の一部です。
たとえば、霊性には、聖霊と悪霊がある。“慈悲に似た愛”があると同時に、“愛欲”がある。ハンナ・アーレントが彼女の第一作『アウグスチヌスにおける愛の概念』に述べているように。
仏の“慈悲”と“知恵”は、観音・文殊両菩薩の役割で、普賢菩薩は“大行”の実践行為である。
私がこのように敷衍して話しているのは、豊島氏がこの『イリュミオール・イリュミシオール』の演劇を提示しながら、世界の現状について次のように語っているからです。
「そこには一切の希望は失われている。本当にそうだろうか。イメージに幻惑されることなく、イメージの底をぶち抜いて、その形姿の根源に「微光」を掘削すること」。
追補 豊島重之氏より以下のようなご丁寧な間違いのご指摘がございました。ご報告申し上げます。
「ここは、ちょうど正反対だと思います。リュシオール=蛍ですから、イリュシオール=間違った蛍、となります。
つまり、
イリュシオール=錯誤の、病んだ虫→ 病気で光らない虫=季節を間違った蛍→ “ハエ”
イリュミオール=深海の発光体→ 人工的なまでに壮麗なスペクタクル=光景→ “ハエ”のたかる屍体
しかし、及川廣信さんのおっしゃる大意に、このことは少しも瑕疵にはなりません。
むしろ、「光の王権」は、中世・近世ヨーロッパから、近代ヨーロッパに移行するエッジを意味していたようです。
その御指摘に、めくるめく思考をいざなわれて、深く感銘を受けたしだいです。」
Friday, February 20, 2009
豊島重之(8)
2008年11月9日、於:月島、旭倉庫 TEMPORARY CONTEMPORARYにて所見
ー排除された“公共領域”ー
「illumiole illuciole」論も最終段階に入ったようです。結論に向って急ぎましょう。
この演劇においては、いかにも公共領域の“光“の場が失われているように見えるのですが、実際にはそうではなく、裏面の影の場を見せているのです。
人間という言葉の意味は、京都学派の田辺元教授の倫理学の中心課題でもあったのですが、「人」と「人」との「間」の空間があっての「人間」だというのが、その説でした。
その間を埋めるのは相手に向っての発語行為である。互いに論じ合うことによって相手との同一と差異を見出すのである。そのためにはハンナ・アーレントのいう、人間が生来的に持つ自由と創意を出発とする“活動性”が必要になってくる。
豊島氏が光の当たる表の部分として提出していたのは、この対人的な“活動”に移る以前の、“始めての生命の動き“だったのです。
そして、照明の当たらない“排除された“公共性の場と、応答の無いまま訴える言説の声は影の部分だったのです。
この公演の特徴的なことは、豊島氏のばあいは恒例なのですが、排除された公共領域での言論の役割を、公演後のシンポジウムとその後のパーティに当てているのです。
言語の力に対する絶対なる信頼と、演劇の“イメージ戦略”が対になっていて、豊島氏の思想とスタンスを主張しているのです。
そして、人と人の間に埋められる抽象的な共通の場としての言語空間(ここから「間主観性」の観念と「間テキスト性」の概念が生まれてくるのですが)を、リアル性によって支えるのは現実に自分が立つて生活している物質的な、差異的な空間なのです。
豊島氏は、自分が現在、生まれ住んでいる東北の一角の、歴史的な“痕跡”の上に立って、公演とシンポジウムの抽象的な公共性の空間に挑んでいるのです。
方法としては、二項対立の問題があります。基本的には“光と影”による表裏。氏の医師の立場からは、心→精神の問題が深く関わる“健康と病”、“善と悪”、“徳と悪徳”。霊→神の問題からは“自然(カミ、アニミズム)と神(権力)”、“知恵(慈悲)と愛欲“。
これらの対立する二項の中から一項を“排除”することなく、左右の浸透と、表裏の関係から事柄の真意を捉えてゆこうとするのが豊島氏の狙いなのです。
ということは、ハンナ・アーレントが彼女の著書『人間の条件』で、「労働、仕事、活動」を彼女の“人間性“を解くためのモデルトとして捉えたのは、古代ギリシャのポリスの政治討論の場、中央広場「アゴラ」の公共領域の空間なのでした。
だが、そこに参加して主張できたのは、一家の家長である、成年男子の市民権を持った者だけで、差異的、私的、家計的部分が排除されていたというのです。それが市民が自由な討論が出来た理由だとハンナ・アーレントは言っているのです。でも、彼女の真の目的は、後にハーバマスへとつながるコミュニケーションの問題だったのです。マルクスが“労働”に対したのと同じように、言語による“活動”こそが人間の第一の特性だと思っていたのです。
近代がすすむと共にポリスが国家へと拡大し、公共領域の場が拡散して多くの人間にコミュニケーションの場がひらかれて行ったように見えますが、代理する議院制度は個人的な、地域的な利害をそのまま抱えこんだ社会的公共領域となったのです。18世紀に及んでは、経済的な利益がさらに優先し、古代ギリシャのポリスの時の、市民が公共的な立場から互いの私的利益を超えて、自由な政治討論をアゴラで行なったのとは違って、地域または自分に繋がる利益団体が左右する「政治経済」としての公共領域=経済社会となったのです。
そこにはすでに、人間性の根源的な“いのち”の部分が失われてしまっているのです。利権を持つものと、格差によって生活の基盤までが失われた人達がいるのです。近代のシステムの基軸までが崩れているように見えるのです。 また、日本の場合には、論議のすすめ方において西洋の近代システムなるものが適合していないのではないかと、疑いたくもなるのです。
ギリシャ哲学の、プラトンによる二項対立の弁証法と“善”のみを追求する哲学思想は、近代を終えようとしている現在には相応しません。ギリシャ哲学から『善の研究』を著した京都学派の西田幾太郎とは違って、豊島氏は「善悪の研究」をしているのです。
豊島氏が主張しているのは、近代の利益をベースにした「政治経済」の社会でもないのです。それはチラシにも書かれているように差異的な立場からの「生ー政治的」社会なのである。
ハンナ・アーレントの人と人との自由な言論活動によるコミュニケーションの場は、同一と差異を通じての人間の個性ある“多数”を目的としたものでした。
しかし、ハーバマスのコミュニケーション論は互いの同一性を求めることを主眼にすすみます。豊島氏のばあいは、それに対して自分の差異性を確認するためにコミュニケーションを拡げているように思われます。
二項対立を無くする方法としては、細密化を劇団名に掲げる「モレキュラー」の方法論と、理念としての演出学「絶対演劇」の“脱構築“の場の構成なのです。
三角形の頂点に上昇されている“善”と“徳”と“慈愛”と“正義”とが、底辺に向って呼び戻されるのですが、これまで排除されていた下層の部分と溶解し、新たな再生への道を求めているのです。
チラシに書かれているように、深海の、つまり意識の底にある発光体=イリュミシオールが「ILL=
錯誤の/病んだ」夜光虫=イリュシオールとなって浮かび上がってくるのを、冷静な眼で観察する必要が出てくるのです。
そして、これらの現象を解くために、表の舞台として「権力」と「自由と創意」の二項対立においての「排除の劇」を演じて、その裏面に、または一点に結集する“種子“の上に、ジャン・ジュネの『シャティーラの四時間/アルベルト・ジャコメティのアトリエ』を挿入する必要があったのです。
Tuesday, February 10, 2009
豊島重之(7)
2008年11月9日、於:月島、旭倉庫 TEMPORARY CONTEMPORARYにて所見
ー”自分の中にもスターリンがいる“ー
「世界システム分析」が説く“近代の基盤は何か”というと、16世紀から形成され始めたと見る国家形態である。それが4世紀も経ってゆくうちに次第に循環の巡りに支障を来たし、ついに1968年の「世界革命」を契機に、世界システムの上で政治ー経済的な基軸だけでなく、文化的な基軸までも崩壊してしまった、ということである。それ以後、世界は国家中心から非国家主義と成り、多極化と多次元化に向い、現にEUの在り方とアジアの動勢がそれを示している、と。
その科学的な歴史分析においては納得させられる部分はかなりある。ただし、システム論というのは統計学と同じように、物事を外側から見て計る、科学的な(数と構造の)物差しのようなものである。それに最初の「選択の対象」という問題がある。1968年に関しては、確かに「世界革命」という名に値する事件であったと思う。しかし豊島氏が敢えて1968〜72としたのには、日本の1972年の連合赤軍派の“浅間山荘事件“、沖縄返還、日中国交回復を含んでの事があるからで、それによって事情は違ってくるのである。
「世界システム分析」自体も世界をグローバルに見ている証拠だが、実際に立合っていない歴史上の16世紀とフランス革命を、それぞれフェルナン・ブローデルとジュール・ミシュレの観察法を、現在の立場から参考にした歴史哲学なので考慮に値するものと思う。しかし、それに代る未来のシステムの予測となると、誰も79年のベルリンの壁の崩壊から91年8月のソ連の政変と連邦解体を予測できなかったように、予想はできないのである。
トータルに観るということは大切だが全体、平等、文化というと“まやかし“を帯びてくる。
人類学者、今西錦司が提唱する動物の“棲み分け”の知恵が欠けているので、その点ではブローデルが描いた、16世紀のキリスト教徒と回教徒の、地中海を取り巻く分布図は現在時点ではひじょうに参考になる。
世界的な時代の趨勢にあえて自国の栄光を保つために挑んだのがイギリスのサッチャー体制とアメリカのレーガン体制で、グロバリゼーションと“新自由主義”の旗の下に、世界の資本の流れに“虚“の勝負を賭けたのだが、そもそも原理的に相矛盾する“自由”と“平等”のバランスへの配慮を欠いていため衰亡への道を早めたのである。それも両国の消えない“自国中心主義“と、日本のばあいは“従属主義”の成せる業なのであろう。
なぜ、このようなことを言い出したかと申しますと。豊島氏の作品はこのような世界的な政治状況の上に立って作られているからです。チラシの中の豊島さんのコピーというより宣言文に近い文章は以下のように書かれています。
「21世紀の蠅の羽音が唸る、過密都市の中の「ラーゲリ=収容所」。そこには一切の希望は失われている。本当にそうだろうか。イメージに幻惑されることなく、イメージの底をぶち抜いて、その形姿の根源に「微光」を掘削すること。そこには生ー政治学的な古層、いわば深海の発光体=イリュミオールが、まさに「ILL=錯誤の/病んだ」夜光虫=イリュシオールとして到来するだろうから。」
豊島氏のテキストについて注意しないといけないのは、すべての言語が両義性を持っているということです。そして意味より先に言語が分節、接合して機械的な“”組み込み作業”を起し、多数多様体をつくり出してゆくのです。
例えば、最初の蠅(flyフライ)は、この宣言文が掲載されている“チラシ(flyerフライヤー)”にかけていますし、それが“情報“と繋がるのです。次の「イメージに幻惑されることなく」のイメージは現実の現象と、同時に芝居の演技も含めています。「その形姿の根源に」は“絶対演劇”の形式の下に、ということで、「「微光」を掘削すること」とは、精神分析の分野の無意識の世界にも光を当てなくてはいけない、と言っているのです。
そうすれば「そこには生ー政治学的な古層」という“接合“の地層が見えてくるというのですが、ここで地層とは言わず、フーコーのキー概念である古層(エピステーメ)という言葉を使っているところに、フーコーの“権力“の側から見る政治思想の知の系譜が見えてくるのです。さらに「いわば深海の発光体 ー」に続くのですが、この発光体のテーマに入る前に、深海=無意識の世界に今日は立ち入らざるを得ないのです。しかし、ここでは“微光”としての意識のはじまりに絞ってゆくことにします。しかも、箇条書きで。
1)メラニー・クラインの「部分対象」のこと。部分対象とは、あるからだの部分が対象として大きな意味を持つということ。つまり部分であっても対象(たとえば乳房や他のからだの部分)が欲望と幻想を呼び起こしてゆく。
2)一方、この“対象“にブレンターノのいうこころ(意)が本来持っている「志向性」を結びつけると、“意識“という現象が生じる。そして対象と次の対象を結びつけることによって関係性をつくり出す。
眼球の動きと、意識して注意を対象に向けると、いわゆる”気付き“の現象が起こり、“クオリア”が発生する。
3)しかし、対象の“選択”という大きな問題が提出されることになる。何を選ぶかが。また、それ以前に選ぶ者の欲望が潜在している、ということ。
4)また、対象に向う線の動きの差異と、触れる強度が問題となる。前者はキャラクテールから“意”の生命線に、後者はミニマリズムの段階の様相を知る上で。
5)しかし、神経症を対象とするフロイトの精神分析とは違って、精神分裂ー分析(スキゾアナリーズ)においては、部分対象間のつながりが失われ、全体を統一する有機体(オルガニスム)が失われていると診る。いわゆるアルトーのいう「器官なき身体」とつながる。
6)「器官なき身体」の原語はcorps sans organesである。「器官なき身体」の真意は、複数の各器官を有機的に統制する器官組織のorganism(オルガニスム)の上層部に位置にする「器官組織のない身体」という意味なので、各器官(organe)がないと言っているのではない。各器官を制度化して操作するのは独裁のようなものだ、とする。
7)“自分の中にもスターリンがいる“というのは、自分の生理的な機能の規制を差して言っているのです。演劇の再現化も表現もこの機能に従わざるを得ない。そこからどう脱出して、差異と自由な発想を作りだせるかがこの作品の狙いなのである。
「差異がつくる多様体」の、リゾーム状に張り巡らされた根茎から最初の球根を取り出して切断する作業。豊島重之氏の根源的な次元にまで簡略化されたこの「絶対演劇」の批評となると、その簡略な数式と線の奥に潜む、それこそ深海の様相を探るためには、このように切断されてしまった背後の多様体との繋がりの様相を探索しながら、再び思考の痕跡を辿って行かざるを得ないのです。
まるで、仕組まれた“蟻地獄”に踏み込んだようなもので、まだ“光“と、“ジュネとジャコメッティ“の問題が残っています。スターリンとメイエルホリドはそこに至るための切断の仕組みなので、肝心の中心テーマはそこにあるのでしょう。
Friday, February 06, 2009
豊島重之(6)
2008年11月9日、於:月島、旭倉庫 TEMPORARY CONTEMPORARYにて所見
ー歴史学的パースペクティヴの中での“差異”ー
このようなブログの書き方では何時になっても終わることがないので、このあたりで2つ方向から絞って行って、2回で何らかの結論をつけてみたいと思うのです。
というのは、この演劇は一見簡潔なようでありながら、大きなパースペクティヴの上に書かれています。そのため外からいろいろの視点で眺めてきたのですが、要するに、この作品の目的とするところは、作者のコピーの中にも織り込まれているように「生」と「政治」の実体を露にするため、時間と空間を限定しているのです。
その仕組みは、一見すると単純なようでいて、哲学的にいろいろな問題が浮上してくるのです。その中で主立った問題点を明示する方がいいのかもしれません。まず、以下の箇条書きに列挙してみますと、
1)3次元の空間のスペースが排除されているということは、「共通性」と「差異性」を合わせ持つ公共圏が、権力によって失われているということ。
2)各俳優が分離して壁の前で平面的演技をするということは、極限状況の中で、各人が持つ“いのち“の「差異性」を表現していることになる。
3)権力側から一方的に光りが投射されるのだが、その光の当たらない部分は当局によって隠蔽された部分を表し、一方、光を当てられた非優の側は、極限状況において、生命の自由な創意の「活動」を露にしている。
4)各俳優の寸断された時間は、他者との関わりによって「再現化の表象の演劇」(ルプレザンタシオン)へとすすむ以前の、最初の動きにおける“差異“の特徴を見せるためのものである。他と機能的に関連するにつれて、差異の創造的な部分を失ってゆくのです。その意味で「始めて」の時が重視されるのです。
5)最初のスターリンの権力構造から最後のメイエルホリドの死までに挟まれた、各壁面前で演じる数人の俳優は、時間的に関係する役柄ではない。人間性が持つ“差異“の特性を、極限空間の中で、最初の動きによって並列して見せているのである。
6)同じような意味から“微笑み”の演技も同列だが、このばあい豊島氏の精神医から捉えた“心の在り方と、演出家の眼で見た能面のような“生の様態“としての二面性を持つ。それは光の捉え方においても同様です。
7)セリフと動きが分離されているということは、空間と時間と同じように、独裁者によって統御され、自由を失っているということを暗示すると同時に、動きによる「活動」と「言語」の主張が人間の大きな役割を持つことを示す。しかし、その価値ある人間性も暴力には勝てない、という政治性を示す。
豊島氏がこの作品の公演とシンポジウムを並列させていることはそれを二重に強調していることになる。
ざっと、思いつくまま挙げても、これぐらいの数になります。
このブログのシリーズの中で豊島氏は、思想的な「差異哲学」の立場に立っていると述べたことがありますが、この「差異」の観点が最初に政治哲学の観点から述べられたのが、ハンナ・アレントの『人間の条件』1958 でした。その後、差異の概念を綿密に定義したのはドゥルーズの『差異と反復』1968 です。
この「差異」が、その後の「ミニマルミュージック」などにも展開されて行くのですが、「差異人類学」という分野があることは意外に知られていないようです。
「文化人類学」は歴史的には新しい学問ですが、これは医学の形態学をベースにした理科系の最初の「人類学」から分離してつくられた名称ですが、「文化人類学」が出来た後の元の理科系の「人類学」が「差異人類学」と呼ばれることになったのです。
そして、文化人類学の研究対象が原始人の生活調査から、都市学へと変わったように、差異人類学の研究対象も身体の差異から表情学へと移行しました。
今回のブログのタイトルで“歴史的なパースペクティヴ“と言いますのは、豊島氏が昨年1998年の7月に八戸美術館で開催した『68〜72※世界革命※展』ICANOF 2008 のそのタイトルの世界革命という名称からなのです。
それはイマニュエール・ウォーラースティンらの「世界システム分析」の歴史哲学的観点と共通する近代史観を持っているからです。というのは、彼らは近代の始まりを16世紀の「大航海時代」とし、中間に「フランス革命」を置いて近代の終わりの始まりを「1968年の世界革命」としているのです。
16世紀の「大航海の時代」というのは織田信長の時代のポルトガル人の来航の時期に当たります。それから100年にして日本は鎖国の時代に入るのですが、西洋の「フランス革命」に相応する大きな変革は、日本では遅ればせに近代を開いた「明治維新」でしょう。
近代という構造をシステム分析すると、それ以前にも兆候があったのですが、1968年という年は世界的に共通する近代の解体の始まりだというのです。
そして、この「世界システム分析」のそもそもの発端は、フランスのアナール派のフェルナン・ブローデルの『地中海』1949 の影響から始まっているのです。『地中海』は3つの大きな影響をその後の時代に与えたようです。一つは事件を主題にしたそれまでの歴史から「感性の歴史」の方向をつくったこと。二つ目は人間と関わる地勢学の見方。それが後の“地政学“へと繋がります。最後に近代の始まりとしての16世紀への解釈です。
同じように豊島氏も、1969年を日本一国の全学連闘争の時代と見るのではなく、それを「世界革命」の一極として捉えているのです。そしてブローデルと同様に、身体と心の問題を感性的に捉えているのです。また豊島氏の発祥の地である十三湖は蝦夷の本拠地であり、氏のデビュー作品は蝦夷の首長をテーマにした『アテルイ』(豊島和子演出)でした。
また、現在氏が活動する八戸市は地政学的観点から見る、原発の六ケ所村が隣接し、維新後転封された会津藩士たちの子孫が住みついている処です。氏の写真グループICANOFが沖縄の写真家グループと提携発表するのも、そのような理由からなのでしょう。
このようなポストコロニアル的な「差異の哲学」を考慮に入れたとき、俄然氏のパースペクティヴな視界が見えて来るのです。
そうすると、この作品が直接的には、スターリンとメイエルホリドの対立を主題にしながらも、それは人間本来の権力と自由な創意との対立がテーマであり、それを時間と空間との極限において観察しようとしているのが分かってくるわけです。