Tuesday, September 08, 2009

かもめマシーン(8)

そろそろ、この辺りでこの『家族』の公演批評の結論に近づきたいと思います。
それには先ず“かもめマシーン”という劇団名(劇団員は萩原雄太さんだけで、その都度、プロジュースシステム方式によって演技者、スタッフを選択して公演を行なったいるようですが)から始めた方がいいような気がします。

この中の“かもめ”はチェーホフの戯曲『かもめ』からとったようです。
チェーホフの四大劇はすべて四幕で出来ています。その中で最初の作品である『かもめ』はいちばん演出の上で困難を極めた作品で、その原因は4の中に3の要素を多分に含み持っているからに相違ありません。モスクワ芸術座がこの作品を見事に成功させた記念すべき公演の記憶をその後も保つため、かもめのマークをモスクワ芸術座の座章としたほどです。

チェーホフの四大劇はすべて循環する、自然的な時間の流れの上に立っています。しかしこの『かもめ』の若い作家志望の主人公トレパーノフは、領地内の湖を望む一角に仮のステ−ジを設置し、湖面をバックに自作の実験的な上演を試みます。
観客といえば、ごく身近な人たちで、日常の循環的時間の中に安住している家族と、それを取り巻く一群の人ばかりです。

劇の内容は、もはや生き物が絶えた20万年後の地球の有様を、恋人ニーナのナレーションと鬼火と硫黄の匂いの効果によってイメージ演劇を現前させる意図を持つものです。
ト書きには以下のように書かれています。
(幕があがって、湖の景がひらける。月は地平線をはなれ、水に反映している。大きな岩の上に、全身白衣のニーナが坐っている。)
ニーナはナレーションを始まる。「人の、ライオンも、鷲も、雷鳥も、角を生やした鹿も、鵞鳥も、蜘蛛も、水に棲む無音の魚も、海に棲むヒトデも、人の眼に見えなかった微生物も、-----もう、何千世紀というもの、地球は一つとして生き物を乗せず、あの哀れな月だけが、むなしく灯火(あかり)をともしている。----- -----」(神西清訳 以下同)

ところが、有名女優の母親のアルカジーナはそれを観て、小声で「なんだかデカダンじみてるね。」などとチャチャを入れるし、他の観ている人達も乗ってこない。作者のトレープレフは遂に我慢できず、芝居の途中で幕を降ろしてしまう。

その後、女優志望のニーナはトレープレフから離れ、アルカジーナと同伴していた流行作家のトリゴーリンに惹かれ、彼を追ってこの地を発つ。そして結局はトリゴーリンに子を産まされ捨てられる。噂では彼女にとって俳優の道はなかなか厳しく、いまは地方公演で巡業中だという。

第一幕から2年後の最終幕では、作家となってトレープレフは仕事部屋で一人作品について思案している。と、デスクの最寄りの窓を、誰かが叩くのを聞く。ガラス戸を開けて、夜の庭を覗くと、誰か石段を駈け降りる姿を見る。ニーナだった。急いで連れもどして部屋にかえり、久し振りに会う2人の感動した会話が交わされるが、やがて奥の間にアルカジーナとトリゴーリンの笑い声を聞きつけて帰り急いだ時の、次のセリフを下に記す。
「------わたしは楽しく、喜び勇んで演じて、舞台に出ると酔ったみたいになって、自分はすばらしいと感じるの。今、こうしてここにいるあいだ、わたしはしょっちゅう歩き廻って、歩きながら考えるの。考えながら、わたしの精神力が日ましに伸びてゆくのを感じるの。------今じゃ、コースチャ、舞台に立つにしろ物を書くにしろ同じこと。私たちの仕事で大事なものは、名声とか光栄とか、わたしが空想していたののではなくって、じつは忍耐力だということが、わたしにはわかったの、得心が行ったの。おのれの十字架を負うすべを知り、ただ信ぜよーだわ。わたしは信じているから、そう辛いこともないし、自分の使命を思うと、人生もこわくないわ。」
しかし、トレープレフは自分の信念が持てず、何が自分の使命なのか分からない、混沌とした状態にある。
ニーナはじぶんを捨てたトリゴーリンのことをまだ愛していることを口走り、さらに2年前のトレープレフとの“晴れやかな、暖かい、よろこばしい、清らかな生活”を懐かしみ、ながながと2年前のトレープレフの芝居の最初のナレーションを朗読して後、発作的にトレープレフを抱いたあと、ガラス戸から走り出る。

私は前述のニーナの最後のセリフの内容とフランスの思想家アランとそれを継ぐシモーヌ・ヴェイユの「人間は決してあきらめてはいけない。他人を信頼すること。ねばり強く努力して生きること。」のモットーとの類似を知って驚いている。
チェーホフのこのセリフの主調は、この『かもめ』の後につづく『ワーニヤ伯父さん』『三人姉妹』『桜の園』にも流れる。

スターリン時代からの社会主義リアリズムにゴーリキーといっしょにチェーホフの戯曲が受け入れられたのは分かるような気がする。しかしドストエフスキやメイエルホリドが排除されたようにこの『かもめ』のトレープレフが否定的に解釈されることが残念である。
そこに「かもめマシーン」の“マシーン”の解釈の意味が浮上してくる。















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