Monday, August 17, 2009

かもめマシーン(6)

前述したような萩原雄太の劇の文体と構成の抽象性、上演に当たっの方角的な気の配慮にあたって思いおこされるのは世阿弥の演劇論です。
彼の「風姿花伝」から始まって中期以降の「至花道」や「花鏡」などに入る頃は、“物まね”のリアリズム表現から抽象へと向ったことです。
それに観客と演技者との対立関係ですが、初めの“珍しき”をねらった段階から、“無”と“妙”の心理的状態へ、禅宗の自然に融合する“無”を経て、さらに宇宙の広がりのなかでの主客の“妙(たえ)なる交流”に、そしてそれを土台にして「離見の見」という哲学すらつくるのです。

ここにおいて、時によって変化する山寺から諸社寺の祭礼、河原などに設定する能舞台の周りの自然環境、気候と時代の移り変わりによって変化する観客の気分などを、座頭の立場としてその日の上演の仕方に考慮を入れるのです。
同様に、この劇団「かもめマシーン」のただ1人のプロジューサー兼作家・演出家の萩原氏はじぶん1人で劇場前に入場者を迎え、受付、楽屋、観客の様相を調べながら、つねに万遍なく開場前の準備を整えるため動いておりました。

世阿弥は曹洞宗の出で、将軍足利義満に見出されて後は、同じ禅宗でも貴族や武士の臨済宗の教養の中に入り、また「風水」の気風は奈良や平安の天皇家を中心にした公家の時代から、この時代には武士階級から庶民にまで浸透していたのでした。
“無”という内面の表現、沈黙をベースにした演技の“間(マ)”の取り方、太鼓、小鼓の打ち方までがこの時代に決められたのです。

萩原雄太の作品と演出のは、ここように近代の心理主義からその方向に回帰しようとしているように見える。
その具体的な特徴として、以下の3つを述べることができるでしょう。

1)具体的な演技よりも、そのテーマや役なりを通して、舞台に立つ生命的な存在感。
2)演劇というものは、表面的なドラマティックな面白さではなく、底辺にひそむ真理または原理をさぐるものである。
3)人物の年齢、性格、職業とか、生活の様態とかセリフを交わすことによって生ずる意味性とか面白さということよりも、重要なのはその人物たちが運命的な時間によって配置された構図である。

劇場と演劇制作のかたちが変化するにつれて、また歴史が前進からレフレクション(回顧)へと転換する時代となってみると、この萩原氏の例のように、同じ能楽への通じ方において、60年代、70年代とは違ってより本質的な部分に直接的に触れているように見える。



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