Thursday, July 28, 2016

アルトー観公演



 山下さんへ

 9月公演の資料のために

       夢で見る 霊性界(りょうしょう)
                     ------- 明恵(みょうえ))の体験

 
 明恵の座禅の行法は「仏光三昧観(ぶっこうさんまいかん)」といわれる。明恵は承久二年の夏六月、『円覺(えんがく)経』「普眼(ふげん)章」によって座禅を修していたところ、その座禅中に好相(こうそう)を得たという。その好相というのは、自分の姿体が忽ち軽くなり、虚空(こくう)に上がり、四つの天上世界に登ることができ、弥勒(みろく)の楼閣(ろうかく)の前につくことができたが、そこで弥勒菩薩の姿はまだ見ることができなかった。

 しかし楼閣の前に一人の菩薩がいたが、それは普賢(ふげん)菩薩のようであった。その普賢菩薩が香水を自分の身体にかけてくれたので、身心歓喜をおぼえて三昧から出ることができたという。ついで夏ごろから百余日の間、仏光三昧を修していた明恵は、同年七月二十九日夜、座禅中に好相を得た。
 その好相とは、自分の前に白い円光があり、その形は白玉のようで長さは一尺ばかりであった。その円光からは白色の光明を放っていた。その時、お告げのことばがあり、これは「光明眞言(こうみょうしんごん)であると。明恵はここで光明眞言を得た。

 この光明眞言はわずかに二十三字からなる眞言であるが、たいへんな功徳(くどく)があり、明恵はこの眞言を土砂に加持(かじ)して、その土砂を死者の上にまくならば、極楽に往生することができると言った。あたかも『般若心経』の羯諦羯諦(ぎゃていぎゃてい)にあたるものである。
 眞言宗の「在家念誦法則(ざいけねんじゅほうそく)(上田照遍撰)によれば、この光明眞言を二十一遍称えることを規定している。

 この光明眞言について、
  至信(ししん)に此の眞言を唱ふれば、速(すみやか)に煩悩の雲霧晴
  れて忽(たちま)ちに五智の光明顕現(けんげん)せん。若し現世に顕
  現を得ざれば順次の往生浄土は疑ひなし、此の眞言は五智の如来の眞
  言、又これ弥陀(みだ)如来の眞言にして其の威力の殊勝なること言語
     を以て述べ尽くし難く、
 とのべているほどである。明恵はこの光明眞言と仏光三昧観とを結合させたのであった。
 
 さらに明恵は八月七日の夜、座禅中に心身を統一して思いを凝らし、自分が有るが如き,無きが如き状態にある時、普賢、文殊、観音の三菩薩が手に瑠璃(るり)の杖を執っているすがたを夢見たという。三菩薩が杖の根本をにぎり、自分が杖の端を手にとったところ三菩薩は杖をひいた。すると自分も杖にひかれて天上の世界に上り、弥勒の楼閣(ろうかくに」たどりつくことができた。そのあいだ身心は清らかな悦びにみたされた。この瑠璃の杖は宝池(ほうち)のに上に立ち、その杖の頭には宝珠(ほうしゅ)があり、その宝珠より宝水が流れ、明恵の全身をうるおしたのであった。

 その時、明恵の顔もすがたも明鏡のように輝いた。忽(たちま)ち空中に声があり、諸仏は悉(ことごと)く汝の手の中に入り、汝は今、清浄となった、と言われた。
 明恵は夢に仏や菩薩のすがたを見たばかりでなく、読経中や座禅を行っている時にも菩薩の出現を見たのであった。仏光三昧観(ぶっこうさんまいかん)の観という字は、観想(かんそう)とか観念、止観(しかん)とかいうような仏教の述語となっている言葉であるが、観とは現実に見えないものを見ることである。霊性界の事物はわれわれ凡人の目には見えない。しかしひたすら念力(ねんりき)を集中し。自己を無にして、三昧に没頭する時、霊性界の事物がわれわれの前に開示される。その秘密なすがたをわれわれにちらりと見せてくれるのである。明恵のようにまず夢の中に見ること、ついで観想の中に実在させることなのである。明恵が観想を修すると。明恵の眼前に、すがたや形をもち、光明を放つ菩薩が必ず立っている。これは行の力というべきである。

 人間、一心に祈願すること、一心に求めることがどんなに重要なことか。観音さんに一心に祈願すれば、必ず観音さんは夢枕(ゆめまくら)に立つ。いな、立たねばならないのだ。優れた宗教家がすべて文殊(もんじゅ)菩薩や観音(かんのん)菩薩のすがたを夢の中に見たり、事実(じじつ)として目の前に見た経験があるものである。そんなことは異常な心理だとか、錯覚だと考える現代人の知性こそ大きな錯覚の上に成り立っていることを知るべきである。優れた宗教的天才はすべてこのような霊性的経験をもっている。これなくしては天地が崩るるとも動かざる信仰心は確立し得ないのである。
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        『般若心経講話』鎌田茂雄 講談社学芸文庫 より


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