Saturday, August 18, 2007

1956〜60年の土方巽(2)とつぜん消えた女性

楠野裕司というカメラマンがいる。サンパウロに居を構えて、ブラジルと日本との間を行き来し、両国の文化交流の仕事もしている。大野一雄のブラジルへの招待公演も実現させている。ヒノエマタ・フェスティバルでの関係もあり、来日した折に時々電話で呼び出されるのだが、この日も電話があり、ただ「今日は外国の女性ダンサーがいっしょだがいいですか」ということだった。

私は出かけた。待ち合わせの場所は、私の住んでいる赤羽の、歩いて10分ばかりの居酒屋で、中に入って行くと奥まった1室に楠野と一人の女性がいた。私の姿を見るとその女性が立ち上がった。小柄で、いかにもダンサーらしいい体付きをした中年過ぎの人である。外国人と言っていたが、アジア系だな、と判断した。「Haw do you do」と挨拶したが、彼女はじっと私を見たままでいる。しばらくして日本語で「私は及川さんを知っています」と言った。私はその女性の顔をあらためて見たが覚えがない。「では、ひとつヒントを与えましょう」と、小学校の先生が生徒に教えるような口ぶりでいい、ついで私の顔の反応をさぐるように「くさりを離れたプロメテ」と、いささか緊張した声で言った。

私はその「題名」を耳にしたとたん、1世紀の時間が「今ここで」凝縮し、瞬間、頭の中がスクリューのように撹乱した。この女性は、50年前に土方巽の彼女だった図師明子なのだ。土方に見切りを付けて、とつぜん小原庄という美術家といっしょにブラジルに移住して雲隠れした女性なのだ。「くさりを離れたプロメテ」とはアンドレ・ジッドの作品で私のマイム劇の表題だった。私は図師明子をその劇の相手役として依頼したのだった。

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